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zoom RSS ネトゲ小説とはやてちゃんとログホラと個人とフロンティア

<<   作成日時 : 2012/11/09 05:55  

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 最近「小説家になろう」の作品を読んだりちょろっと作品を書いたりしています。ネトゲ小説にあらずんば人にあらずといったレベルでネトゲ小説が氾濫してて流行ってすげーなーと思いながらつらつらと眺めていて、気がついたことを幾つか

 ネトゲ小説の根本的な問題として、ネトゲ世界でいくら万能感を満たしても現実世界ではなんの利益にもならないということがあります。

 ゲームそのものに価値を見出し、他者からの理解を必要としない自分の世界にいくならそれも良いでしょう。古くは麻雀放浪記のようなバクチそのものに意義を見出す作品から、とよ田みのるの「FLIP-FLAP」のようにゲームの楽しさを描いた作品もあります。将棋やカードゲームなど、趣味の世界を書いた作品ではこういった作品は多いことでしょう。
 ですが、多くの「ネトゲ小説」において、ゲームは趣味や目的ではありません。世界設定の一部であり目的を達成するための手段です。仮想現実の世界で万能感を満たす。そういう目的を達成するための手段でしかないのです。
 
 かの魔法少女、八神はやてちゃんはこう言いました。

「せやけど、それは夢や」

 甘い夢を否定してつらい現実へと帰還する少女の言葉です。世間にはこの手の物語がえらく多いです。
 「マトリックス」「オトナ帝国の逆襲」「ビューティフル・ドリーマー」「涼宮ハルヒの消失」などなど。物語テーマとして扱わないにしても、主人公や登場人物が優しい夢・理想的な世界といった幻覚を見せられ、それを否定して現実に回帰するというのはもはやお約束の一部となっています。
 ※見てはいないんですが、ナルトの映画やバイオの映画でもこの手の演出があったとかなんとか

 この手の物語が大量に存在する中で、ネトゲの中だけで万能感を満たす作品はいかにも物語として強度が弱いのです。

 これに対するカウンターとしは「仮想世界を現実だと認識する」ことが必要です。仮想世界は現実に負けない価値のあるものであると登場人物と読者に認識させなければいけません。
 具体的には「仮想現実を現実の陸続きとして書く」というのが従来のやり方だったと思います。ドットハックシリーズなどはそういう印象を受けます。ですが、小説家になろうを中心とした作品群はさらに一歩踏み込み、「仮想現実もまた現実である」という方向で突き進んでいます。

 仮想世界を『現実』にしてしまうもっとも手っ取り早い手段はログアウト不能にしてしまうことです。多くの作品で取られている手法で、強制的に現実世界を遮断して、仮想世界に閉じ込めてしまうのです。ここからさらに五感や外見の変化なども取り入れる作品もありますね。

 さて、個人的に秀逸だと思ったのが「ログ・ホライズン」のとった手法です。(以下ネタバレあり)

「ログ・ホライズン」の舞台となる仮想世界では、NPC(ノンプレイヤーキャラクター)が存在します。主人公をはじめとして、登場人物たちは最初、かれらをロボットや自動販売機のような存在だと考えていました。それがあるイベントをきっかけに、NPCたちにも意識というものが存在していることがわかります。これに登場人物たちは大きな驚きを覚えます。読んでいた私も衝撃でした。

 そこにいる人物をカキワリではなく、ちゃんと意識を持った人間だと認識する。これは世界を理解する上でとても大切なことだと思います。
 
 例えば、私は中国という国に行ったことがありません。ですが、ネットやマスコミの報道から「なんとなく嫌な国だな」くらいのイメージを持っていました。本を読んで歴史的な知識を得ても、現代の「中国」に対する意識は変わりませんでした。
 そんな私の意識を変えるきっかけになったのは大学の授業で中国人の学生と話す機会を得てからです。生の中国人と知り合いになった。それだけで、それまで漠然としたイメージでしかなかった「中国」が急に意識されるようになってきました。もちろん、イメージが一気によくなったわけではありません。未だに国としては印象のよくない部分が多いです。ただ、テレビとネットのなかにしかない虚構ではなく、リアルにある現実なのだと感じられるようになったのです。

 中国の反日デモでも、日本人と実際にあったことのある人たちは落ち着いた反応をしているとよく耳にします。見たことのない「日本」がイメージの中だけで肥大した結果があの暴動なのかもしれません。
 
 木を見て森を見ずという言葉がありますが、この場合は逆で、森を見て木を見ずというところでしょう。大きすぎるものは現実感というものを失わせます。漠然とした「国」「最近の若者」「団塊の世代」などいうばくぜんな言葉でくくってしまい、実際の人間と触れ合うことを放棄しては物事を理解することはできません。

 同じように、それまで意識のないロボットだと思っていた人たちが意識ある人間だと認識することは、仮想世界そのものをリアルだと認識することに繋がるのです。

 
 なぜ、これほどまでにネトゲ題材の作品が流行しているのだろうとよく思います。ファンタジーなどのジャンルもまだまだ現役ですが、最近勢いのあるジャンルなのは間違いないでしょう。
 仮想世界が今、もっとも近いフロンティアだからではないでしょうか。宇宙開発は遠い未来の話で、地上に残された未開の地は海底くらいしかない。何かといえば「厨二乙」でファンタジーやSFは常に自意識との戦いになってしまう。
 そんな時代にあって、仮想世界はもっとも近くて気安いフロンティアなのかもしれません。

 

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